桜島が島だった、最後の日:桜島


 

こんにちは、ドクターリトーです!

 

突然ですが、鹿児島といったら、桜島ですよね。鹿児島市内からもどこからも見える、文句なしの鹿児島市のトレードマークです。形も綺麗な、非常に美しい山です。

 

山の頂上からはいつも煙が立ちのぼっている、バリバリ現役最前線で活躍中の、活火山です。

 

鹿児島市内の温泉が山のようにあるのは、桜島周辺の火山活動が極めて盛んだからでしょう。

 

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http://www.kairport.co.jp/kanko/kagoshima/play001.php

 

 

近頃、鹿児島県の桜島の様子に異変があるといいます。桜島の噴煙の量に異変があるとか。

 

今年2015年の年明けから、幾度も噴火を繰り返しているようです。

 

なんと今年に入ってから600回も爆発的噴火しているとか。

 

これまでで最も爆発的噴火が多かったのは平成23年の996回らしいですが、それを遥かに上回るスピードです。・・・本当に、桜島大丈夫でしょうか?

近い将来に大きな災害が起きるような気がして仕方がありません。

 

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http://matome.naver.jp/odai/2143009592210325001
この桜島ですが、かつては本当に文字通り「島」だったんですね。

 

今では本土と陸続きですが、昔は本当に、桜「島」だったようです。

 

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http://kamodoku.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-e870.html

 

これが1902年の桜島周辺の地図です。確かにこの地図から判断すると、桜島は間違いなく「島」でした。

 

楕円形に近い島を取り囲んでいるのは、すべて海です。

 

 

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ちなみにこちらが現在の桜島です。・・もちろん大隈半島のところでつながっています。

 

確かに言われてみればそうなんですよね。桜島という名前がついているからには、かつては島であったと想像するのが自然でしょう。

 

桜島であったものが、どこかの時点で桜「島」ではなくなった。・・・ややこしいですね・・・笑

 

そして桜島は島だったのは、そこまで昔のことではありません。

 

大正3(1914)年、1月12日。

 

この日が桜島が島でなくなって、東側の大隈半島とつながった、運命の日でした。

なんとほぼちょうど100年前の出来事なのですね。

 

この日、桜島が爆発的噴火を起こしました。「大正大噴火」と言います。

 

20世紀以降の日本において、国内で起きた最大の噴火でした。

 

噴煙は何と8000メートルに達し、大量の軽石が降り注ぎました。

 

そして大量の溶岩が流れ出し、東側の海へと進んでいきました。

 

大隈半島と桜島の間には、幅400メートル、72メートルもの深さの立派な海峡がありましたが、やがて溶岩は距離のある海峡の間を埋め、陸続きにしてしまったのでした。

 

 

この大正大噴火では、桜島全体で死者、行方不明者を合わせて50人にのぼりました。

 

噴火の前に地震があり、勘を働かせた島の人々は自主的に避難をしましたが(今では速報などが入ってから避難を開始すると思いますが、すごいですね・・・)、それでも間に合わなかったのです。非常に惜しいことですが。

 

そして、島としての桜島の生涯も、これにて終了いたしました。

 

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http://www.sakurajima-taiken.com/topics/post_62.html
現在、桜島の道路沿いなどにはこういった「退避壕」が所々に設置されています。

 

桜島が噴火した際、火山弾や溶岩を避けられるようにです。

これは、大正大噴火から得た教訓なのかもしれません。

確かにこの待避壕があれば、突然の噴火による災害は防ぐことができそうです。

 

そして桜島と大隈半島がつながった場所には、今は「溶岩ロード」という道路が敷かれています。

 

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ドクターリトーは一度、自転車に乗って大隈半島から溶岩ロードを抜けて、桜島を横断して鹿児島市内に入ったことがあるのですが、その時の写真がこちらです。

 

溶岩ロードは桜島の山麓を通って桜島の西側まで通じているのですが、結構海から高さがあり、桜島の裾野と、そして遥かに広がる鹿児島湾が同時にうかがえ、景色が非常に良いです。

 

是非一度この道は時間をとって通っていただきたいくらい。

 

背の低いクロマツという松の木などが、島を覆っています。

噴火があってから100年しか経っていないので、普通の山のような植生は、発達していないのですね。

 

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こんな風景もたくさん広がっています。これは溶岩が冷えて固まったものが地表全体を覆っています。噴火の際の様子が窺い知れるようで、生々しいです。

 

 

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道路を走っていると、途中でこんな建物を通りかかります。「桜島国際火山砂防センター」という建物で、土石流災害や砂防、そして桜島の歴史や、大正噴火についても学ぶことができる、楽しいところです。

 

桜島を西の端まで抜けると、港に着きます。

 

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これが桜島フェリーというもので、大隈半島と薩摩半島という、鹿児島の二つの半島をつなぐ重要な船です。

 

10分〜15分おきに運行されていて、しかも24時間運行されているというから驚きです。

 

この船に乗れば、すぐに鹿児島市内に着きます。船がついたら、今度は鹿児島市内を観光しましょう!

 

是非一度桜島へと「島(でないかもしれないですが)旅」をしてみましょう。

 

噴火がどうなるか、気にはなりますが。無事を祈っております。

 

さあ、島旅に出ましょう!!

ritou-navi.com(離島ナビ)


2 comments on 桜島が島だった、最後の日:桜島

  1. このブログを見ますと、桜島と大隅の間の繋がってない時の距離は、72mとなっていますが、他の(その当時の)地図や資料を見ますと、400mとなっておりますが、どちらが正しいのでしょうか?

  2. すみません、深さ72メートルでした。訂正しておきます。ご指摘ありがとうございます。

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