喜山壮一、「奄美自立論 400年の失語を越えて」と「与論島クオリア」


 

 

こんにちは、ドクターリトーです。

 

今回の記事では、喜山壮一(きやまそういち)という人の、「奄美自立論 400年の失語を越えて」という本について取り上げてみたいと思います。

 

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こんな本です。

 

日本の歴史や地域の話題の中でも、ほとんど取り上げられることのない「奄美」という地域について、アイデンティティーや今後取るべき道筋について考察した、極めて高い価値のある本です。

 

「奄美」という、現代でも何故か存在感の薄く、みんながどう扱っていいのかわかりにくい地域について、有力な示唆を与えてくれると思います。奄美を愛する人や、奄美に関心を持つ人ならば、必ず読んでみて欲しい一冊ですね。

 

作者の喜山氏は、与論島の出身。本土に出てから、奄美のアイデンティティーについて考えることになったそうです。

 

本の帯の紙に「1609年、琉球侵略」と大きく記されているのですが、これは薩摩藩(島津)による、琉球王国への侵攻のことを指しています。琉球王国はもともと、領土は小さいものの、南西諸島を統一した立派な独立国家だったのですが、薩摩藩の侵攻以来、薩摩藩の属国のようになってしまいました。

 

琉球王国は薩摩の属国になっても、一応の独立状態を保ち、そのまま明治維新に至るまで王国のまま存続しました。そしてその後、明治政府によって琉球処分が断行され、琉球王国は廃止され、日本の一つの県、沖縄県になったのですね。これが沖縄の歴史のおおまかな流れです。

 

 

奄美(今奄美と呼ばれている地域にある島々)は、南西諸島の一部なので琉球王国に統治されていたのですが、薩摩侵攻によって、琉球王国から切り離されることになりました。琉球王国であった領土のうち、奄美は薩摩藩の直轄支配、つまり正式な植民地化されることになり、沖縄の島々はそれまで通り、「琉球王国」として薩摩藩に間接支配されることになりました。

 

このことが、本のタイトルにもある、奄美の「400年の失語」につながります。

 

奄美は、琉球から切り離されたので、もはや琉球ではない。また薩摩藩の植民地なので、薩摩に属していながら、大和(正式な日本)でもない。このことから、「奄美は琉球でも大和でもない」、つまり奄美の「二重の疎外」構造が始まったと、喜山氏は分析しています。

 

奄美は琉球でも大和でもない・・・それならば、奄美は奄美だ、と言えるかというと、話は簡単ではありません。

 

なぜなら、奄美というのは「琉球王国だった土地の内、薩摩藩に植民地化された地域」のことなので、奄美のアイデンティティーというものはもともとなく、そして薄いのですね。奄美の島々・・・奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島・・・などは、それぞれの島で完結していて、横のつながり・・・奄美のまとまりというものも、ほとんどなかったのです。従って、奄美の島々は、自分の島々を語る包括的アイデンティティーを持つことができず、それが現在に至るまでの失語状態につながったと、喜山氏は言います。

 

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このことは、他の地域を比較して考えると分かりやすいかと思います。

 

たとえば私が暮らす京都ならば、関西という、日本でも有数のキャラの強い(笑)地域的枠組みがあり、そして京都といったら、古都ととしてブランド化されています。つまりアイデンティティーに悩む機会はないと言えるでしょう。

 

東京なら、関東という包括的アイデンティティーと、首都としてのブランド。

 

沖縄なら・・・基地問題、ゴーヤ、三線、オリオンビール、エイサー、サンゴ礁、BEGIN、ひめゆりの塔、首里城など・・・キャラクターが明確にあります。

 

ところで奄美といったら・・・・・・何が思い浮かぶでしょうか?奄美に関心のない人なら、本当に何も思い浮かばないのではないでしょうか?それ以前に、奄美群島は沖縄県の一部だと思っている人すらいる始末です。

 

奄美といったら、島がいくつか並んでいることは地理的に分かりますが、それ以外はよく分からない地域。それが一般的な感覚ではないでしょうか。

 

奄美のアイデンティティーがないということは、つまりはそういうことなのだと思います。

 

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奄美というアイデンティティーの不透明さ。このことは、かなり深刻な事態なのではないでしょうか?

 

奄美の人々は、琉球としても自己を定義できず、さりとて大和(日本)とも言い難い。そして、「奄美だ」という明確なアイデンティティーにも乏しい。だから他の地域に対して、自己を上手く語ることができないのですね。これがまさしく「失語状態」です。

 

そして奄美の島々は、薩摩藩に植民地化されたことで、アイデンティティーの失語状態に置かれただけでなく、物理的な収奪もされました。薩摩侵攻までは本土と同じく稲作を行ってきたのに、さとうきび畑に置き換えることを強要されました。つまり、奄美の島々は黒糖のプランテーションになりました。

 

貨幣の流通が禁止されました。これは、経済的な失語状態です。

 

稲作を奪われたことで、集落の共同体的なつながりが破壊されました。これは共同体としての失語状態です。

 

様々な収奪が歴史的に行われました。そういった話も、「奄美自立論」の中に詳しいです。

 

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喜山氏は、今後の奄美のとるべき道について、「奄美づくり」の重要性をあげています。失語状態を解消するには、アイデンティティーを確立すれば良いという訳です。そのためには、奄美は島々の連帯にも力を入れる必要があるとおっしゃっています。

 

南西諸島の島々というのは、島自体が一つの宇宙とでも表現して良いもので、島で世界が完結しています。そうなのですが、島々が個性を持ち寄って、尊重しあうことが、奄美のアイデンティティーの確立につながると。

 

そして、奄美が、琉球文化圏の一部であると認識することも大事だとされています。奄美を琉球圏の一部として捉える。つまり沖縄とのつながりを大事にせよと、おっしゃっています。

 

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南西諸島を構成する離島に暮らす人のアイデンティティーは、まずその人が暮らす島、そして次に奄美(沖縄)という包括的な地域、更に広い概念として日本に依拠しています。アイデンティティーが重層的に構成されているということ。これは奄美の島々の特色ですが、この特殊な立ち位置は、奄美にしかできない役割にもつながっていくのではないか。一方でそんな気もします。

 

 

 

奄美自立論、是非読んでみてください!!

この本を読んでから奄美に行っても旅が深まるだろうし、奄美に行った人がこの本を読むと、さらに奄美が深く理解できると思います。

 

そして、喜山さんがされているブログ、「与論島クオリア」。こちらもおすすめです。奄美と与論について、更に詳しく知ることができます。

http://manyu.cocolog-nifty.com/ (与論島クオリア)

 

 

 

さあ、島旅にでましょう!!

ritou-navi.com(離島ナビ)

 


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