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最南端・波照間島のさらに南にある伝説の島「パイパティローマ」

こんにちは、ドクターリトーです。今回の記事では、波照間島(はてるまじま)に伝わる面白い伝説、「パイパティローマ」について取り上げてみたいと思います。

【波照間島情報】

《アクセス》石垣離島フェリーターミナルから高速船、またはフェリー(高速船は欠航しやすいので要注意)。

《宿泊》民宿は充実。ホテルもありました。ただ予約は事前に取っておいてください。シーズン中は観光客多いので。私は民宿「うるや家」に泊まりました。食事も美味しく良い宿でした。

《食事》売店に関しては、スーパーコンビニはなく「共同売店」のみ。食事処はいくらかあります。

 

◾️日本最南端の島、波照間島!

 

波照間島は、日本の有人島としては最南端の島です!

ちなみに無人島も含めた最南端の島は、沖ノ鳥島(おきのとりしま)です。これは地理で習うので有名でしょうか?

沖ノ鳥島は満潮時に海中に沈むので、コンクリートの防波堤で囲まれるようになった小さな島(岩?)です。ほとんど岩なので、もちろん人は住めません。だから実質的な最南端の島は、やはりこの波照間島といって良いかと思います。

 

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ご覧のように、波照間島の南側には「日本最南端平和の碑」が作られています。

 

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日本領であることを示すために、日の丸の碑も用意されています。

本土からかなり距離のある離島でも、日の丸がわざわざ示してある島というのは、普通ありません。

それだけ波照間島が外国に近く、この島が日本の所属であるという明確な定義を必要としている離島であるということです。台湾から非常に近く、南隣はフィリピン。そんな位置にあります。

 

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日本最南端の碑の近くには、まさに火星の地表のような絶景が広がります。石灰岩で形成された不思議な地形。近くには高那崎(たかなさき)という、荒波が打ち寄せる絶景シポットもあります。

 

◾️パイパティローマ伝説

 

ところで波照間島には、不思議な伝説があり、それは「南波照間島(パイパティローマ」という伝説です。

波照間島のさらに南に、南波照間島(パイパティローマ)という島があり、そこには楽園が広がっているという伝説です。

 

パイパティローマ。

 

聞きなれない単語ですが、「パイ(南)+パティ(果て)+ローマ(→うるま、サンゴ礁という意味)」というほどの意味だそうです。南の果てにあるサンゴ礁の島、ですね。

 

◾️パイパティローマへの集団脱走

 

琉球王国が沖縄を治めていた時代。17世紀頃。波照間島を含む八重山諸島は沖縄島の琉球王国から属領として支配されており、不当な重税を課され、生活は厳しいものでした。

 

琉球もまた、薩摩藩の侵略以降、薩摩藩の支配を受けて半ば属国のようになっていました。そして多額の貢物を要求されていたので、支配の入れ子構造と表現しても良いかと思います。

 

そこで1648年、あまりにもひどい重税に耐えきれなくなった波照間島の住民たちは、ついに住み慣れた島を皆で離れて楽園である南波照間島へと向かうことにしました。

これは驚くべきことに、本当に決行されたと言います。税を取立てにきた役人が使っていた公用船を、役人をもてなし酔いつぶれさせて奪い取り、パイパテイローマへ向けて出航したのです。公用船には食料が満載されており航海能力も高いので、島から脱走するにはうってつけでした。つまり、南波照間島はただの作り話ではなく、実在すると本当に波照間の人々から思われていたということです。

 

これはあながちうそではなく、今でこそ波照間島は日本最南端の島ですが、昔はもちろん明確な国境などありませんでした。

波照間島の南には、他の異国の南の島があり、そこが南波照間島とされたのではないかということです。具体的には、フィリピンのルソン島や、台湾の蘭嶼(ランユー)がパイパテイローマの候補地として挙げられています。

 

といっても、距離は数百キロはありそうですが。旅立った住民たちはどうなったのか、今は誰にも分かりません。彼らは無事にパイパティローマへと行き着いたのか、それとも嵐にでも巻き込まれて遭難したのか。

 

◾️ペムチ浜から南を望む

 

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上の写真は、波照間島の南側にある「ペムチ浜」です。北側のニシ浜は絶景ビーチであることで有名ですが、このペムチ浜こそ、最南端の島の最南端のビーチ。つまり、日本で最も南に位置する浜です。

 

写真でもわかる通り、ペムチ浜は最南端の砂浜とは思われないほどに侘しい雰囲気のさびれた浜なのですが、この海の向こうに昔の波照間の島民たちはパイパティローマを思い描いた訳です。

 

波照間島が最南端だというのは心もとないので、波照間島の人々は南に人の住まう島があると想定することで、孤島に住まう心細さを慰めようとしたのかも知れません。

 

◾️パイパティローマとニライカナイ

 

この南波照間島伝説ですが、沖縄の常世思想である「ニライカナイ」とも親和性があり、興味をそそられます。

 

南西諸島の人々は、海の向こうにニライカナイという楽土があり、すべてのものはそこからもたらされると信じていました。そして死後もニライカナイへ向かうと信じていたのです。ニライカナイとはあの世であると同時に、全てが存在する源の世界のようなところかも知れません。日本の常世思想、「根の国」とも親和性があるとされています。「ニライ」とは「根」と発音が似ていますし。

 

ニライカナイはあくまで伝説ですが、パイパティローマに関しては、実在性を信じて実際に旅だった人がいるという面で、より差し迫った伝説かと思われます。

 

◾️波照間島を訪れて、幻の島パイパティローマを想像する。

 

波照間島を訪れた際には、是非南波照間島、パイパティローマについて思いを巡らせてみてください。

 

波照間島のさらに南に、パイパティローマの存在を想定したくなった波照間のかつての島民たちの感覚。

波照間島に行ってペムチ浜から南の海を眺めれば、きっとその感覚をつかめることでしょう。

実際には存在しない島を想像することも、いうなれば一つの「島旅」と言えるのかも知れません。

 

ritou-navi.com(離島ナビ)

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