昔は本当に「離島」だった!?京都伏見・中書島の謎に迫る。


 

こんにちは、ドクターリトーです。

 

今回の記事では、京都市の伏見区の一部、中書島(ちゅうしょじま)について、扱ってみたいと思います。

 

私は京阪地区に暮らしていまして、京都と大阪をつなぐ京阪電車を日常的に利用しています。京阪電車に中書島という駅があるので、身近な土地です。

 

 

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こんな駅ですね。建て替えられて間もなく、非常に美しいです。

 

「中書島」という地名について、つきつめて考えることもなかったのですが、「島」が入っているなあと、何となく思っていました。しかしなぜ「島」なのか、由来がよく分かっていませんでした。

 

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こちらが現在の中書島周辺の地図です。

 

地図で確認すると、中書島、確かに周囲を堀、そして宇治川で囲まれていて、まるで島のようになっています。

 

なるほど、これが中書島の由来だったのか!と納得しました。たとえ幅の狭い堀だったとしても、確かに周囲が水で囲まれているという、島の定義を満たしています。

 

しかし、先日、驚くべきことを私は知りました。

 

中書島、昔は本当に離れ島だったらしいのです。

 

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http://comox.co.jp/~ushisan/pages/history.pages/choumei.pages/chusyojima.html

 

こちらが、1700年ごろ、今から約300年前の中書島界隈の地図です。手前にある島が、中書島とのこと。

 

どこからどうみても、離島ではないですか!! おまけに長い立派な橋まで架かっています。

 

こんなに広い川が、昔はこのあたりには存在したらしいです。

 

これで判明しました。中書島は昔は本当に島だった。それが埋め立てられて現在の地形に変わった。しかし周囲には堀が巡らされ、昔の面影をわずかに止めている。

 

詳しくは、このHPを参照ください

http://comox.co.jp/~ushisan/pages/history.pages/choumei.pages/chusyojima.html(伏見の歴史)
ちなみに「中書」の由来ですが、これは昔の官職の名称であるようです。

 

この島には、安土桃山時代に「朝散太夫中書少郷脇坂淡路守」という人のお宅があり、この人は「中書」という官職に就いていました。

 

「中書さんが住まう島」なので、「中書島」という名前が定着したらしいです。実はかなり分かりやすい地名だったのですね。

 

この中書島の周辺、伏見の中心地にあたり、観光名所も多いです。

 

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坂本龍馬ゆかりの寺田屋。

 

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京都伏見といえば、お酒が有名ですが、酒造工場も多くあります。

 

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堀の周辺には、美しい風景が広がります。観光船に乗って堀を巡るツアーもあるようです。

 

魅力のある土地なので、是非中書島を訪れてみてください。また訪れたら、「かつてここは本当に離島だったんだなあ」と、在りし日の中書島に想いを馳せてみてほしいと思います。

 

皆様のお住まいの近くの「島」という地名がある土地。現在は島ではなくても、調べてみたら、もしかすると島に関係があったりするかも知れません。地名というのは、面白いですね。またそれくらい、地形というのは変わりやすいということでしょう。

 

さあ、島旅に出ましょう!!

ritou-navi.com

 

 


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