父島に残る太平洋戦争の戦跡。やっぱり小笠原は、ミクロネシアへの玄関口!!


 

こんにちは。ドクターリトーです。

 

今回の記事では、小笠原諸島の父島に残る、太平洋戦争の戦跡について取り上げてみたいと思います。

 

小笠原諸島には、太平洋戦争にまつわるスポットが多数あるんですよ〜。

 

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こちらは、二見港からほど近いところにある大神山(おおがみやま)の頂上付近にある、トーチカ。

 

トーチカとは、コンクリートで造られた防御陣地のこと。戦闘時にこの中に立てこもって反撃するためなどに使われるそうです。

 

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なぞの兵器(?)の残骸

 

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武器庫の跡。落書きがたくさんされてます(!)

 

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壁をよく調べると、銃弾の跡が多数見つかりました。これは実際にアメリカ軍の攻撃を受けた跡らしいです。

 

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こちらは、建物の内部の様子です。

 

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まるで心霊スポットのような雰囲気。恐ろしくなってきます。

 

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本土に近い離島や、南西諸島には、太平洋戦争の戦跡がこのように露骨な形では普通残っていません。小笠原だけです。

 

小笠原の硫黄島では有名な硫黄島の戦いがありましたが、このあたりの島々は日本が設定した絶対防衛圏の境界から近いところにあるので、特に守りを厳重に固めていたようです(それでも防衛できなかったわけですが)。だから、戦争関連の遺構が多いそうな。

 

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こちらは、弾薬庫の跡。もう戦争が終了して久しいので、その後成長したガジュマルに覆われています。

 

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金属製の箱(?)が破壊されたもの。

 

 

これは父島の写真ですが、隣の母島は人が少なく森が深いので、戦争当時の状況がよりそのままの形で残存され、大きな戦車がそのまま放置されていたりするそうです。

 

 

旧日本軍は、小笠原諸島だけでなく、さらに南のミクロネシア、メラネシアなどでも連合軍と戦闘していたので、太平洋の島々には日本軍の足跡というか、戦跡が必ずといってよいほど残っているそうです。

 

そういう意味でも、この小笠原諸島は、ミクロネシア、そして太平洋の島々へと連なる玄関口と呼ぶことができるかも知れません。

 

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