まさに琉球のラピュタ!!世界遺産、今帰仁城(なきじんグスク)。


 

こんにちは。ドクターリトーです。

 

今回の記事では、沖縄本島の今帰仁城跡について取り上げたいと思います!!

 

「今帰仁城」と書いて、「なきじんグスク」と読みます。変わった読み方ですが、沖縄では城のことを、伝統的に「グスク」と呼び習わします。この今帰仁城跡は、有名な首里城などと共に、世界遺産・「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に入っているのです。つま今帰仁城跡は世界遺産の一つであるということですね。それだけに足を運ぶ価値は十分にあります。

 

今帰仁城跡は、沖縄の北部、「やんばる」と一般的に呼ばれている地方にあります。那覇から「やんばる急行バス」に乗れば直通していますし、車を借りて行くのも良いと思います。

 

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今帰仁城は山城なので、城跡へ向かうには、少しばかり登山をする必要があります。上の写真は登山道。この城が現役で使われていた時代に、実際に城への通行に利用されていたそうです。

 

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クワズイモ、ソテツなど亜熱帯の植物が茂り、奥深い雰囲気を醸し出しています。急な段差もあるので、歩きやすい靴を用意していきましょう。

 

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さて、登山道を抜けてたどり着くと出迎えてくれるのは、長大な石垣の連なりです!! 写真からも分かると思いますが、この石垣はかなりの高さがあります。なんと8メートルの高さがあるらしいです。どうやって石を積み込んだのでしょうか。

 

 

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世界遺産であることを表す石碑。

 

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今帰仁城の見取り図の模型もあります。今帰仁城の広大さが分かります。

 

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さっそく入り口から中に入っていきましょう。入場料は400円です。

 

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この今帰仁城は、琉球王国の史跡として世界遺産登録されていますが、もともとは北山(ほくざん)王国という国のお城でした。琉球王国が成立する以前、沖縄は三つの国に分かれていまして、北部の北山王国、中部の中山王国、南部の南山王国の三つの国が、小さな島に並び立っていたのです。さながら三国志ですね。

この中で最も力があったのが中山王国で、やがて北山王国と南山王国を滅ぼし、沖縄を統一して琉球王国と名乗るようになったのです。今帰仁城は、中山王国の巴志(はし)という人に滅ぼされてしまいました。この巴志とは、琉球王国の初代王である尚巴志です。

 

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こちらは、今帰仁城の本丸があったところ。お城の中心地です。

 

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遠くから本丸を眺めるとこんな感じです。さながらラピュタのよう。琉球のラピュタ、今帰仁城です。

 

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美しい石垣の連なり。神聖さすら感じます。

 

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堅固に構築され、難攻不落に思える今帰仁城がどうして中山王国に滅ぼされてしまったのか。それは北山王国内部で寝返った者がいたからだそうです。北山王国最後の王、攀安知(はんあんち)は武芸は達者でしたが、酒色に現を抜かし人望に薄い王でした。中山王国が攻め寄せた際北山側に謀反者が出て、城の門を内部から開けてしまったそうです。

 

 

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遠くに海も伺えます。今帰仁城に暮らす人々は、こんなに美しい景色を眺めながら暮らしていたのでしょうか。

 

 

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世界遺産・今帰仁城跡、是非足を運んでみてください!!

 

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今帰仁城跡付近でもう一つおすすめしたいスポットがあり、それは今泊(いまどまり)集落です。

今帰仁城のふもとにあるので、歴史的にも深いつながりがあるようで、美しく伝統的な風景が残っています。防風林のフクギの茂る通りが美しいです。

 

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那覇周辺には、このような街並みは見当たりません。沖縄南部の都会より、北部の方が昔ながらの琉球の面影が色濃く残っているのかも知れません。

 

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迷路のように入り組んでいますが、こちらも是非散策してみてください。

 

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